グンデルワヤン生活記【Gender Wayang Lover】

バリ芸能に見せられて移住した僕の日々

ubud

バリ島の良いところ -月日は流れに流れて-

前にブログを更新したのは3年前、スランガン島に引っ越してきた2016年で止まっていた。

あの頃の記憶を辿ると、もう日本の人たちと情報交換をするのもなんだかというか、日々の自分の生活を書き綴っても読む人なんているのかな?それよりも自分の気になることの写真等をインスタグラムとかでアップロードしていた方が、将来の自分へのアーカイブーになるな。と思ったことを覚えてます。

あとFacebookを毎日開くことに少々疲れたというか、Iphoneで通知設定をしていたので開く時間が多くて、開かないと逆に気が済まなくなる自分に嫌気がして、facebookのアプリを消したりして、時間の無駄を解消しようとしていた時期でもありました。

仕事もアレヨアレヨとバリ人をまとめるという、まとまらない異文化の人たちをまとめなくちゃいけない立場になってしまったりで、3年前の自分と考え方も、バリへの接し方も少し変わりました。

バリ島好きなのは相変わらずで、自分でも不思議なのだけれど、いろいろと面倒で大変なことも非常に多いのですが、嫌いにはならないで、むしろバリがますます好きになっていく気がしています。

ということで、そろそろ自分の中でバリでの生活が一消化できたような気もするので、
6年バリに住んでこの辺でバリのいいところをまとめてみたいと思いました。

バリ島、バリ人の良いところ

何はともあれ、バリ人が優しいこと。バリに移住している外国人の多数が感じることだと思いますが、自国と比べてとても気性が穏やかで、かつお節介すぎるくらいに親切なバリ人。

道端で困っていると、誰か必ず助けてくれます。(これホント。)そして、一緒になって解決策を手伝ってくれます。今の日本にはなかなかそんな人現れてくれません。むしろこんな困っている人が道端にいても、構ってしまうとめんどくさいのでスルーするのではないでしょうか?

ところがバリ人の場合、一緒になって手伝ってくれるのですよ。ホントその心意気、と親切心にはびっくりです。

車が道路で止まってしまって、困っていると助けに来てくれる人がかなりの確率できます。たくさん集まって、みんなで車を押してくれることでしょう。

誰かが、バイクで転んで怪我をしても、見ず知らずの人が救急車よりも早く、病院まで送ってくれることでしょう。

誰しもが、他人の困っている姿を心配できるとても心優しいのがバリ人だと思います。

いろんな意味で大雑把

これに関しては、いいな〜と思う時も、なんてこったい!どうしてこんなことに!って思うこともあるのですが、今の僕がバリに住んでいられるのも、バリ人がいい意味で、大雑把だからなのかな。と思っています。

日本では、一外国人がオーバーステイしたりしてしまうと、かなり犯罪者的な、不法滞在者的な法的にとても危険な立場になってしまうことがあると思うのですが、僕はもうバリで(自慢することでもないのですが、、、)2回オーバーステイしてしまっています。だからと言って、インドネシアから追放とかになることはなく、オーバーステイ費のRp300,000 / day を日数分払ってしまったら、さあまた生活してください。というような感じで、特に重い処罰があるわけではなく、メンドくさい書類手続きを済ませてしまえば、次の日からまた住めてしまったことには今でも驚きです。

日本だったら絶対にアウトなことだと思うのですが、いろんなことに大雑把なバリ島だと、僕がオーバーステイしようが、しないとしても、「お金を払ってくれたらそれでいいよ」という大らかな(大雑把な)処置がとてもありがたいと思えました。

食堂に入って食べ物を食べた後に、財布の中身が空っぽで焦っても、説明すれば今度来た時ちゃんと払ってね!といい意味で大雑把(ありがたいです。もちろんちゃんと払いましたよ。)

と、旅行の参考には全くならないと思いますが、いろんな意味で人情が溢れているバリ島です。

今回はこの辺で。

続く

 

serangan スランガン

スランガン島とは?

ここスランガン島は、公式には2500人が住む漁師島。実際には4000人弱が生活しているそうです。(2016年現在)

スランガン島には北部にバリ島三大寺院である、サケナン寺院が島の西側、海の前にあります。ここはウルワツ寺院と同じぐらいバリ人にとって重要な場所で、毎日たくさんのバリ人がお祈りしにきます。外国の観光客には馴染みがない場所ですが、バリ人にとっては大観光地でしょうか。
そしてその周りにはたくさんの魚料理を食べられるワルンといわれる定食屋が存在します。夜はどこも光を灯し美味しそうな匂いでこの辺り一帯が包まれます。

スランガン島 serangan

島なのですが、バリ島のデンパサールから10年前ぐらいに橋が設営され、行き来することができるようになりました。昔は船や歩きでデンパサールと行き来していたようです。
デンパサールのングラ・ライ幹線道路の騒然とした排気ガスや匂いからかけ離れ、漁師町特有の磯の匂いと、村の裏に生える圧倒的な森林により空気は綺麗な村です。
空も、海に囲まれているせいなのか、排気ガスが少ないせいなのか、幾分青く見えます。

島なのでバリ島本島とちょっと文化が違うところも多いです。
バリ島は基本的にはヒンズー教の人は、火葬されその灰を海に流してその人の一生を終えるのですがスランガン村のヒンズー教の人たちの火葬がないそうです。全て土葬でお葬式が行なわれるそうです。
スランガン村では、ヒンズー教の人たちが大半数なのですがイスラムの集落もあります。

一般人の祈りのお供えもデンパサールの以前僕が住んでいた地域と比べると、一回に使う線香の数が全然多かったり、家の前のチャナンの量が多かったり、いろいろ違うところがあります。

島一周は、バイクで走ると30分ぐらいで、主に北側に人々が住む村地域と、国が管理する国有地に分かれます。国有地地域はたくさんの木が多い茂り、牛や鳥がとても多くとてものどかな乾燥地帯のジャングルのような出で立ちです。

スランガン serangan

漁師町だけに朝からたくさんの採れたての魚が道端で売られているので、日本人の食生活をたまにしたい僕たち家族にはすぐに魚が手に入るので、良い場所です。

あと、スランガン・ビーチは良い形のリーフがあり、外国人サーファーもきます。雑誌でもたまに写真が紹介されていたりするとても形の良い波で、サーフィンをするのも最適です。

ガムランに関しても面白い発見がありましたが、次回書けたらなと思います。

そしてどうやらグンデル・ワヤンは、この島に演奏者はいないそうです。
楽器は一組だけあるそうで、儀式の時においておいたりしているそうです。
ということは僕のグンデルも合わせて2組になったのでしょうか。
歯削りの儀式でどうしても必要な場合は、デンパサールの演奏者を呼んでくるそうです。

まだ移り住んで1ヶ月も経っていないので、今回は村の人に聞いたことや、バイクで走って見つけたことなどを書き留めましたが、まだまだ色々な発見がありそうな島です。

これからもっともっとスランガン島の文化や行事に参加したり、人々と仲良くできたら良いな。

バリ島デンパサールから、スランガン島へ

僕と嫁は、バリで結婚をしその後息子をバリで出産した。
デンパサールのアピアンカパス地域の家は、緑も多くガムランも毎日聞こえとてもいい環境だった。

ただ僕1人から、家族3人に増えた僕たちの住居としては、寝室一部屋だけでは足りなかった。

いつかはこの部屋とも去ることになるだろうと思っていた。
緑が生い茂るからなのか、部屋のかびもすごかった。が、家の真後ろがガムランのグンデルワヤンの授業がある教室だったので、いつも午前中家にいるときは、部屋の中はグンデルの音で満たされていた。

PKBの時期になると、その部屋は練習部屋となり深夜までゴングの音が鳴り響いた。
いつの間にか知らない曲も勝手に覚えてしまったりもする、とてもガムラン好きには好都合で、贅沢な部屋だった。

バナナの木が鬱蒼と茂る家、深夜バナナの木が突然倒れてきたこともあった。
バナナの木と家と車が近いと結構大変なことになることも知った。
僕のバリ島生活の出発点として非常に意味のある部屋だった。

そんな生活も3年を迎え、家族も増えそろそろ次の場所に、移った方がいいような気がしていた。
妻と一緒にバイクに乗って出かけるときは、良い家があったらひたすら聞き歩いた。
どこの家にするかで、お互いに主張があったりでもめた時もあった。

僕は最初はガムランが目的でバリに移住した。
そして、妻と出会い、家族が増え一番大切なものがさらに増えた。
今度はその大切な笑顔のために引っ越そうと場所を探していた。

ある日、妻と子供を車に乗せサーフィンをしにバリ島中南部のセセタンから橋を渡るとたどり着ける島「スランガン島」にサーフィンをしに来た。
その帰り道にいつもは寄らないその村に空き部屋はないかな〜と、探していると、偶然大きなプラダラム寺院の横に空き部屋を発見し、
部屋を見せてもらったとたんに、二人とも気に入ってしまった。

風と緑と太陽が存在するとても平和な部屋だった。
何よりも海まですごく近いのが嬉しかった。
そして愛すべき鶏の声、鳥のさえずり、目の前を横切る牛の家族とヤギ達と、今までの生活よりもさらに昔のバリ島の生活があるように僕には感じた。
バリ住居のその部屋は、グンデルを弾けるテラスもあった。
大家さんのアディさんもバリ人で、ガムラン好きで宗教熱心な方だったのでとても好感だった。

話が進むのはとても早いもので、あっという間に僕たちはデンパサールのアピアンカパスから、スランガン島に引越ししてきた。

アピアンカパス地域で出会えたたくさんの人たちや地域にありがとう。
出会えなくなるわけではないけれども、僕たちは引越しします。

スランガン島での生活がいい時になりますよう。
そして新しい出会いに恵まれますよう。
最愛なる、妻と息子の笑顔にいつも溢れる時になりますよう。

カジャン・クリオン と プルナマ 満月の夜

 

今日はkajang Kliwon とpernama 満月の夜です。僕の住んでいる地域のお寺では皆が集まりお祈りします。バリ中がお祈りしていると思います。
僕は移住した当時はガムランが聞きたいがゆえにこの行事に参加していましたが、いつの間にか月日は流れ三年間が過ぎて、今ではガムランを聞きに来るというよりか、むしろお祈りをしに来るのが目的に変わっていました。

お祈りしないと、心がスッキリせず気持ちがうわずった感じになって悪いことが起こるかもしれないので、ここでのお祈りは僕にとってとても大切な場所になりました。日本人ですがとても不思議な感覚です。

このバリ島で平安に過ごすには必須の感覚なのかもしれません。早いもので来月で四年目です。月日がたつのが早い

Wayang Sapuh Leger

日記書く事から何となく離れていました。

といってもグンデルは相変わらずサルゴ先生の所で練習していますが、最近サルゴ先生との時間があわず週一回練習といった感じでした。

家でも色々としなくては行けない事があり、ちょっとグンデル練習も怠けていたかなと思っていました。

今日はそんな中、グンデル友達のリカさんからお誘いいただき、なかなか見れないというWayang Sapuh Leger(ワヤン・サプ・レゲール)を皆で見に行こうという事になりました。

実は今日はバリでは、トゥンペッ・ワヤンの日でして、どういう日かというと、影絵芝居に使われるワヤンの人形にお供え物とお祈りをするというとても大切な日で、その週から一週間前(wuku wayang)からこの日までに生まれたバリ人は運気が大変よろしくなく、必ずワヤン・サプ・レゲールで心身を浄化しないといけない日なのです。

日本でいう所の凶の日に生まれて、運気が悪いので毎年その時期になるとお宮参りに行く感じです。

でも、デンパサールでもワヤン・サプ・レゲールは風化してしまったのか、実際にはなかなか見る事ができない儀式になってしまっているようです。

そんな中でリカさんにお誘いいただき夕方皆で、デンパサールを出発。本日ワヤン・サプ・レゲールが行われるレビー海岸近くの会場に向かいました。

車を走らせる事、ゴトゴト(僕の車が古いから)とバイパスから北に迷いながら上がっていくとその会場Beng Gianyarはありました。

入り口付近でいつもワヤンを演奏しているマンダユさん、アノムさん、カデ君と食堂の前で会いました。皆すでに7日間毎日ここでワヤンを演奏してきたそうです。

7日間毎日演奏しているなんて体力あるな〜。僕は一回演奏するだけでも結構へとへとになるのに。

会場は普段はお供え物の作り方教室などをしているとても大きな集会場の裏手にありました。

すでに沢山のサプ・レゲールに参加する子供達や大人達まで沢山の参拝者が集まっていました。そしてワヤンを見る前に皆お祈りをしていました。そして日が暮れると同時にワヤン・サプ・レゲールが始まりました。

ウク・ワヤン生まれの方達は、影絵スクリーンの前に全員座ります。見ないと浄化されないといった意味だと思うのですが、ワンティラン(集会場)の中は人の熱気で溢れかえっています。

始まりは通常の影絵ワヤンというよりは、短縮版の昼間の影絵ワヤンに近い構成でカヨナンのシーンに入っていきます。その音は巨大な拡声器からも流れオーバードライブ気味でちょっとパンクな雰囲気でもありました。

お話の内容は通常の影絵ワヤンとは違い、僕の聞いているかぎりの搔い摘み聞きでは、普段よりも教養が多い話のように感じました。詳しくは誰か日本語訳を書いてくれないかな〜と自分勝手な事を思ったり。(クトッ兄さんに聞いたけれども、廻りの音も凄く大きくいまいち理解できませんでした)

次回に続く。。。

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